傷官の中の「鬼と仏」②

前回のお話↓の続きです。

傷官の中の「鬼と仏」①

2021-08-28

人間も陰陽論でできている・陰の部分も大切な自分の一部

この世は陰陽五行論でできている、というのが 東洋占術の基本的な考え方です。

【四柱推命の基礎②】陰陽五行とは

2019-05-28

この世は陰陽論でできているのなら、人間も陰陽でできているのは自然なことだと思うんですよね。

ポジティブや頑張る・努力・成果を挙げる・向上する・人に優しくする
のは素晴らしいことですが、

反対にネガティブ・休む・怠ける・悲しい・辛い・悔しい・嫉妬・不安・恐れ・怒り・嫌い・憎しみ・時に人に冷たくする

のも、大切なことだと思うのです。

ネガティブの塊だった自分

私は中学生位から、心の中に

冷たくて薄情でドライ
器が小さくて
ナイフの様な思考回路をしていて、狂気的(傷官はヒステリーの星・魁罡も狂気的な部分があると思う)

な自分がいる、と気づいていました。

 

それと同時に、

人の念を過剰にもらってしまい、悲しい人がいれば悲しくなり、
テレビを見ていても悲惨なものは見ていられず(だから見なくなった)、
人のために何か役に立つことがしたいと願い、
仏や菩薩の様な自分もいる

と感じていました。

このあまりにも両極端な部分が自分の中に確かにいて、

(一体、どっちが本当の自分なんだろう)

と、よく混乱し、びっくりし、心の中で常に葛藤や大戦争が起こり、疲労疲弊していました。

そして、よくこんな事を延々と、起きている最中はずっと、20年程考えていました。

自分は人として何か大きく欠落しているんじゃないか、
もっと人に興味を持って優しくしなきゃ、

ほら!またネガティブなこと考えて!
もっと明るくてポジティブなことを考えて!
人の役に立つにはどうすればいいか真剣に考えて!

もっと笑顔で笑って!
ぶすっとツンとしてたらだめ!
人に心配かけちゃだめ!
人に不快な思いをさせちゃいけない!
人に弱音や愚痴を吐くなんてとんでもない!そんなことしたら迷惑がかかってしまう!

人に何か頼るなんてとんでもない!
自分のことは自分でしろ!
努力が足りない!もっと頑張れ!

自分が不幸なのは私が100%悪くて、自己責任で、私が全部どうにかしなきゃいけない!!

人様のために!人様のために!
人様の幸せを願って!
恩と義理は100倍で返して!

自分のことはどうでもいい!
私には幸せになる権利も価値もない!
自分なんか生きる価値はないし、○ねばいい、

こんな普通でない自分を見せたら、私は生きていけない、

こんな冷たくて役に立たなくて無能でカラッポな自分を見せたら、私は嫌われるし、生きていけない、

人に受け入れられるには、どうしたらいいのか、

波風立てずに、無難に生きるには、どうしたらいいのか、

何の価値もない私だから、まじめに、間違いなく世間から「いい」と言われる様なことを言い、行動し、

何か成果を挙げ、苦しくても歯を食いしばり、

何回も動けなくなってもまた立ち上がって頑張り、成果を挙げ続けようとし、

まじめに、人の役に立ち、優しくして、喜ばせる様なことをしていれば、何とか生きていけるはずだ・認められるはずだ

毎日が反省地獄で、
自己卑下と自己否定が止まらず、

重度の無価値観と劣等感の塊でした。

そして、自分と他人がネガティブな事を思っていないか、言っていないかをずっと監視していました。

ネガティブに過剰反応しすぎて、ネガティブを絶対に自分の中から追い出そうとしていたんです。

きれいな心の自分は受け入れられるけど、
醜い心の自分はどうしても受け入れられなかったし、
見たくなかった。

醜い心を見てしまうと、

これを人に知られたらもう私は幻滅され、失望され、嫌われてしまって、絶対に生きていけない・
だから必死で醜い・汚い所を隠さなくちゃいけない

と怖くて怖くて仕方ありませんでした。

 

そこで、このブログでは何回も書いていますが、31歳の時に心屋さんのこちらの本↓に運命的に出会い、隕石が降ってきたかの様な衝撃で、もう頑張るのをやめようと決意しました。

偽りだらけの自分・見栄ばかりをはる自分に、心底疲れてしまったんです。

それまでの生き方や人間関係を大きく変えるのは 辛くてしんどい事も多々ありましたが、
ゲスさや暗さ・弱さ・ダメさを見せても、好いてくれる人はちゃんといました。

新しい生き方に慣れてくると、本当にあの時、勇気を出して「頑張らない」「役に立たない」「冷たくする」をやり続けてきて良かったなぁ、としみじみ感じるのです。

ネガティブ(陰)も大切な自分の一部

今改めて考えると、陰の部分も自分の大切な一部であり、過剰に嫌う必要はなかったな、と感じます。

悲しみや辛さ・ショック・怒りや憎しみ・嫉妬・嫌いなどは、確かに感じていて気分のいいものではないです。

しかし過剰に自分の中から追い出そうとすると、時間が立つと腐敗し、感覚を麻痺させ、自分が何を感じて、何が好きなのかもわからなくなってきて、

しまいには余計に心の中でネガティブが肥大化し、暴れて、大津波を起こす、
もしくは鬱になる、

ということを何度も経験してきました。

悲しみや辛さをこれ以上感じたくないあまりに、感覚を麻痺させ、鈍化させ、

結果として、喜びや嬉しさ・感動の感覚も、麻痺してしまった様に思います。

生きていると良い事もそうでない事も起こりますし、ネガティブな感情が出るのは仕方のないことだと思います。

ネガティブな感情自体には良いも悪いもなく、好きになる必要もないですが、(絶対にネガティブを感じちゃいけない!)と過剰に嫌う必要はないと思うのです。

好きになる必要はないですが、せめてネガティブな感情が(ある)と認めるだけでも、随分と心が落ち着く様な気がします。

昔の私は 無理やりポジティブに変換しようとして余計に辛くなってしまって、エセポジティブが止まらなくなり、虚無感と自己嫌悪感・絶望が増すばかりでした。

ショック状態はやはり混乱しますが、感じるだけ感じきって、落ち込む時にはしっかり落ち込んだ方がいい様な気がします。

この世はシンプルだけどグラデーションの様なもの

傷官は確かにびっくりする位 純粋な心の持ち主ですが、完璧主義で潔癖のあまり、自分や他人の中に不純物を見つけると、心の中で(若い頃は口でも)猛攻撃する様なところがあります。

しかし、自分にも他人にも完璧を求めた所で行き着くところは自己破滅的なところになり、あまり意味はないんじゃないかな、と思います。

(嫌いなもんは嫌い!という気持ちは重々わかりますけどね)

この世は矛盾だらけで不確実なものであり、傷官が求める様な

針の穴を通す様なもの、
白黒はっきりしたもの、
0/100で割り切れる様なもの

ではありません。

グレーだらけで、美しいところもあり、グラデーションの様なものだと思います。

怒り・悲しみ・辛さ・嫉妬・腹黒さ・計算高さ・ゲスさ・憎しみ・嫌い

などは人間が皆持っているものであり、必要以上に自己否定し、反省し続ける必要はありません。

それこそ「人間だもの」の世界だと思います。

相田みつをさんの命式をみたら、とても感慨深かった

2020-02-25

何でもかんでも口に出せばいいものではなく、黙ったり、オブラートに包む方がいい時もあります。

言いたくなる気持ちや、自己破滅的なことをやってしまう気持ちはわかりすぎる程にわかりますが、あんまり言い過ぎると相手が傷つくのはもちろんですが、自分が一番に窮地に追い込まれるのです。

本当はそんな事は本望ではなく、自分が本当に望む事は、

好きな人に囲まれて、
一人の時間や空間もしっかり確保できて、
好きな事を好きな時に自由にやれること

ですもんね。

本当にやってはいけないのは 実際に人に危害を与えることであって、
実際にネガティブなことを行動に移している訳でもなく、
実際に口に出している訳でもないのに、

ただ心の中で思っているだけで、毎回 罪悪感を感じなくていいのです。

100%善人や、100%悪人はいません。

※基本的には私は、人は社会的規範を学び、本人が我慢せず、お互いが距離を保っていれば、性善説だと思っています。自己犠牲は本当に人の性格をすり減らしたり、歪ませると思う。

人は色んな側面があり、場面によって人格を使い分けることは悪ではありません。

みんな、そうやってバランスを保っているのです。

私の様にいちいち本音ばっかり言ってたら、軋轢や旋風ばかりが起き、保守的なところでは生きづらいのも確かなので🤣、これは生まれ持った性質と 生き方の好みの問題なのです。

 

怒りなどを出すのはハードルが高いかもしれませんが、せめて

  • 「ゲスノート」「クソノート」を作ってみて、ゲスい罵詈雑言を書き殴ってみる
  • 弱音や愚痴を吐いてみる
  • 悪口はダメと自分に固く言い聞かせてきたなら、時に悪口も言ってみる
  • 仕事以外の時は思い切り手を抜いてみる・何なら仕事でも手を抜いてみる
  • ぶすっと愛想悪くしてみる
  • 自己犠牲と嫌なことをやめてみる

からやってみるといいかもしれませんね。

 

書いていたら、長くなってしまいました🤣

③に続きます🤣

今回も読んでくださってありがとうございます☘️
ほしかわみうでした( ^ω^ )☘️

 

続きはこちらです

傷官の中の「鬼と仏」③

2021-08-29

 

 

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